“学校に行けるか”より先に、大切なことがある気がしています
子供が大きくなってくると、先のことが少しずつ気になってくることがあります。
「ちゃんと学校へ行けるかな」
「お友達とうまくやれるかな」
「勉強についていけるかな」
そんな不安を感じることがあります。
もちろん、それは自然なことだと思います。子供のことを大切に思っているからこそ、先のことが気になってしまう。
特に今は、「○歳までに」「今のうちに」「これからの時代に必要な力」という言葉を目にする機会も増えました。
SNSや動画を見れば、たくさんの教育論や子育て論が流れてきます。もちろん、どれも子供を思って語られているものだと思います。
でも、情報が増えれば増えるほど、
「もっと頑張らなきゃ」
「ちゃんと育てなきゃ」
と、気づかないうちに苦しくなってしまうこともあるのではないでしょうか。
“学校に行けるか”より先にあるもの
保育や子供たちと関わる中で、最近よく感じることがあります。
それは、
“学校に行けるか”より先に、“安心して存在できているか”の方が、ずっと大切なのではないかということです。
安心できる場所がある子供は、少しずつ外の世界へ向かっていきます。
遊びます。
試します。
失敗します。
でも、「戻ってきても大丈夫」と思えるから、また前へ進める。
安心できる場所が、学びや挑戦の土台になる
発達心理学で語られてきた「アタッチメント(愛着)理論」でも、子供にとって安心して戻れる存在や場所が、学びや挑戦の土台になることが大切だとされています。
子供は、安心できる大人や場所を拠点にして、外の世界へ出ていき、遊び、探索し、不安になったらまた戻ってくる。
そうやって、少しずつ世界を広げていきます。
つまり、「学校に行けるか」「勉強についていけるか」「集団に馴染めるか」という結果の前に、子供が安心して世界と関われる土台があるかどうか。
そこに、もっと目を向けてもよいのではないかと思うのです。
「頑張れる子」の前に、「安心できる子」であってほしい
不安や緊張が強い状態では、本来の力を出しにくくなってしまうことがあります。
だからこそ、「頑張れる子」に育てる前に、
「安心できる子」
であってほしい。
そんなふうに思うことがあります。
保育の現場でも、
「できるようになった」
より先に、
「表情が柔らかくなった」
「自分から笑うようになった」
「安心して甘えられるようになった」
そんな変化に、大きな意味を感じることがあります。
子供は、安心できる場所の中で、少しずつ自分から育っていく。
その姿を、これまで何度も見てきました。
結果より先に、心が休める場所を
今の社会は、どうしても「結果」が先に見られやすい時代です。
学校。
成績。
集団生活。
将来。
社会性。
もちろん、どれも大切です。
でも、その前に、
「ここにいて大丈夫」
「自分は受け止めてもらえている」
という感覚がなければ、子供の心は疲れてしまうこともあります。
さゐさゐ學園では、「競争に勝つための教育」より、「安心して学びへ向かえる土台」を大切にしたいと思っています。
学びは、無理や不安の中から生まれるものではなく、安心できる関係や、ホッとできる空気の中で、少しずつ芽を出していくものなのかもしれません。
焦らなくても大丈夫。
子供には、自分から育っていく力が、ちゃんと備わっているのだと思います。